むらかみ内科クリニック

院長ブログ

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  • 地震に備えましょう

    熊本地震からちょうど8年たった昨日はそろそろ寝ようと思った途端に携帯から激しく「地震です!」とアラームが鳴ってびっくりしましたね。うちではiPhone2つとiPad、アンドロイドPadなど全部で5つの端末が一斉になったので無茶苦茶びっくりしました。何事だろうと思いました。大きな揺れがきます、と言っていたと思いますが全然揺れませんでした。キッチンにぶら下げているフライパンがゆらゆらと揺れているだけでした。携帯の緊急速報は本当に困ったものです。もっと静かに鳴ってほしい。とりあえずNHKをつけてみたら、アナウンサーはかなり静かなトーンで地震の被害状況や今後の対策について話していました。昔なら、甲高い声で何度も「命を守る行動を」と繰り返していましたが、騒ぐのをやめたのでしょう。いい傾向です。冷静に話さないと頭に入ってきません。

    私は以前急性期病院で循環器と救急の担当でした。夜間当直をすると20台から多いときだと40台ぐらい救急車が入ります。それぞれ、交通事故だったり心筋梗塞だったり脳卒中だったり大量服薬だったりで緊急事態なのですが、私たち救急担当医は決して慌てず冷静に静かに指示を出します。点滴、採血、レントゲン、次々と指示を出すのですがドラマや映画のように怒鳴ったりはしません。それでもたまに大声で怒鳴るドクターがいるのですが、ついてくれるナースがびっくりして結局仕事がはかどらなくなるので、静かに冷静に指示するに限ります。怒鳴るのは未熟な証拠、そして自分に余裕がない証拠です。

    最近は、怒鳴らなくても、こうしたほうがいいんじゃないかとアドバイスしただけで下の人はパワハラを受けたと言って欠勤したり退職したりします。部下と人間関係を良くしようと思って飲みに誘うと、飲み会参加は業務命令ですか、という話になる。難しい世の中になりました。当院にはそう言ってパワハラされたから欠勤するための診断書がほしいという人も来るし、かわいがって育てた部下からパワハラだと言われて心が折れたという上司の人も来院されます。みんな病んでますねーーー。

  • 地震に注意しよう

    このところ忙しくて、月日がたつのがものすごく速く感じるので、あれからどれくらいたったのだろうと振り返っても全然わかりません。最近、時間がないのでYouTubeも全く見なくなりました。見なくなって1年ぐらいたったかもしれないし半年ぐらいかもしれません。とにかく久しぶりに、最近の動画はどんなものかと昔登録していたチャンネルの人たちが元気か確かめてみました。もうなくなったチャンネルもありますが、わりと皆さん元気にアップされているようで良かったです。なかでも久しぶりに見てわくわくしたのがバイリンガールChikaというチャンネルです。チカさんがペラペラの英語でアメリカなどを旅行するところを見ることができます。前に私が見たときチカさんはコロナ第1波の真っ最中に日本からマレーシアに行った動画をアップして可哀想にものすごいバッシングを受けていました。それから3年、まだ頑張って動画をアップされていたんですね。バイリンガルというより日本語の発音のほうがおかしくなっていて、英語はナチュラル。しばらく見ないうちにさらにパワーアップしていました。すごい!

    訪問診療では、訪問先のお年寄りはみんな大音量でTVををつけています。今日TVを見てふと気になったのは、朝から何度となく日本各地で地震の速報が入ること。Yahoo!で地震歴を見ることができますが今日(9月8日)はすごい数です。だんだん怪しい雰囲気になってきました。南海トラフも近いかも、と感じました。今ちょうど下弦の月(月齢21)くらいで、今度は9月15日が新月です。地震は新月と満月に多いので、まずは来週金曜前後が要注意。1週間あるので、備えておきたいと思います。https://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/list/?sort=1&key=1&b=1

    当院はコロナ後遺症の治療に力を入れていますが、一時期よりだいぶ落ち着いてきました。しかし、味覚障害や嗅覚障害、強い倦怠感、ブレインフォグなどいまだにいろんな後遺症で来院されます。あまりに症状がひどいと、よその病院では精神科にいってみたら、と言われたりするレベルですが、私の経験ではコロナ後遺症の人で鬱の薬はあまり使わないで良いみたいです。唯一、ブレインフォグが難治の際にはトリンテリックスという新しいタイプの抗うつ剤がよく効くので使う例があります。

  • 災害に備えましょう

    阪神淡路大震災から28年だそうです。時が経つのは早いですね。南海トラフや首都直下型も近いと言われています。常日頃から防災の準備はしておきたいものです。そういえば、熊本地震の時、自宅が長い間断水して、トイレもお風呂も使えず、仕方ないので下江津湖の動物園のほとりの湧水池に湧き水を汲みに行ったことを今でも思い出します。この前の日曜日にもその湧き水の近くを通ってそのことを思い出しながら写真を取りました。

    熊本地震の時、私は桜十字病院に務めていました。桜十字は病院のロビーなどを近所の被災者の方々に開放していました。桜十字病院には井戸があり地下水を使っていたので断水もなくたすかりました。待合の長椅子などは座り心地もよくくつろげました。また、病院には食料の応援があったので、毎日炊き出しもしていました。私は余震の続く中、外来で血圧などの薬が切れないように診察をし続けました。このように、病院は災害のときも地域の皆さんの拠り所となるよう、常日頃防災意識を持って備えていないといけないなと思います。当院近くのロッキーというスーパーは熊本地震でガラスなどが割れたりしたにも関わらず地震後すぐに店を開けてくれました。おかげで食料など困っていた中で、ものすごく助かりました。社長さんの温かい気持ちが伝わってきました。当院前の東稜高校はこの地域の避難所となっており、万一のときは私もそこで皆さんのケアをする心づもりでいます。

    さて、この数日は本当に暖かく快適でしたが、患者さんの中には暑くて体がついて行かず体調不良と言われる方もいました。私はそれを聞いてかなりびっくりしましたが、気温に対する人の反応はそれぞれですね。来週から今年最大の寒波が来るという話なので、今度は極端に冷え込んで体調を壊さないように気をつけましょう。

    下江津湖のほとりの湧水 こちらは飲めません。この50mほど横にある湧水は飲めます

  • ワクチン予約はお間違いなく

    先日3回目のコロナワクチン接種が始まったと書きましたが、今日は一つ問題がありました。当院にかかりつけの患者さんがワクチンを予約して来られたのですが、当院の方の予約簿にはその人が入っていませんでした。患者さんが携帯で予約センターのマイページを開いて見せてくれたら、なんと当院ではない中央区の「村上クリニック」を予約されていました。大急ぎで移動しても4、50分はかかる距離です。先方に事情を連絡して、待ってもらいました。これからワクチンの予約をされる際にはこのようなことがないようくれぐれもお気をつけください。ちなみに、熊本市東区にはむらかみ内科というのは1つしかありませんので、住所で東区のむらかみ内科であることを確認していただけたら大丈夫です。

    昨夜は2時過ぎだったでしょうか、久しぶりにすごい地震でしたね。震度4か5だったんですか。1分以上続く長い揺れでした。熊本地震の2回目が深夜だったので、あの時を思い出しました。熊本地震はクレイジーとしか言いようのない無茶苦茶な揺れでしたが、昨夜のはあーきたーというくらいで、家が潰れるかもという恐怖まではなかったのが幸いでした。それでも、深夜に携帯から突然”地震です”と警報が鳴ると心臓に悪いですね。揺れがおさまってもしばらく眠れませんでした。先週、南太平洋で1000年にに一度という火山の爆発があったばかりです。太平洋プレートが活発に動いているのかもしれないので、地震と火山の活動には目が離せません。

    阿蘇山はもともと外輪山のサイズの大きな山だったのですが、大爆発を起こして真ん中が陥没して今のようなカルデラ盆地になったそうです。その、昔の巨大な阿蘇山が大爆発を起こしたのと今回の南太平洋の海底火山の爆発は同じくらいの規模だったのではないかと聞きました。本当にそうなら、私たちは歴史的な噴火を見ることができたわけです。ちなみに、阿蘇のカルデラはむかし水がたまってカルデラ湖になっていたのですが、立野のところでダム湖が決壊して白川ができました。その時、阿蘇の方から津波にように熊本市内へ水が流れてきて、あたりは海のようになったそうですが、沈まずに島状に残っていたのが当院の近くの戸島です。高台にあるのに島という地名が不思議だと思ったらそういう歴史があったようです。

  • 熊本地震から5年

    熊本地震から5年が経ちました。地震の時、当院はクリニックの建設中でした。設計の際に当院敷地内の地盤調査をしました。熊本の在住の方はご存知と思いますが、クリニックのある小峯付近は小高い丘になっており、厚い火山灰の層になっています。地盤調査をして分かったのは20メートル以上杭を打っても固い地盤に届かないと言うことでした。そこで当院を建設する際には杭を打つ建築方法は諦め、基礎全体をコンクリートで固める方法をとりました。

    基礎の工事にはかなりお金がかかりましたが、幸い地震の際に被害はなく、無事クリニックが完成しました。地震の後、当院の向かいにある東稜高校は避難場所となっていました。もし当院が既に開業していたならば、東稜高校の避難所をボランティアで回っただろうと思うのですが、当時私は桜十字病院に勤めていましたので、南区の多くの患者さんたちを受け入れ桜十字病院で診療を続けました。桜十字病院は大きい病院なので、廊下やロビーに近所の人たちがたくさん避難してきていました。地下水が使えたので、断水もありませんでした。毎日の診療は本当に大変でしたが、余震の中お互い励ましあいながら仕事をしたのをついこの前のように思い出します。また何年か後に熊本で大きい地震があるかもしれません。あるいは南海トラフ地震があるかもしれません。そういった際にも我々は医療人としての使命がありますので、地域住民の方々のためにできることを精一杯果たしたいと思っています。

    当時こまった思い出として、停電が続いたため、自宅の電動シャッターが開かず、車が出せないで大変でした。あと、この季節夜はかなり冷え込みますので、運動場や体育館で一夜を過ごすのは本当につらいことだと感じました。そんな困った中でも、近くの公園では水の配給とおにぎりなどの炊き出しがあり、こんな状況でもなんとか生きていけるんだと安心したのも今思うと貴重な体験でした。