むらかみ内科クリニック

院長ブログ

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  • 幸せ基準を下げて今を楽しむ

    最近、来院される患者さんから「いつもブログを読んでいます」と声をかけていただく機会が増えました。 今日も、漢方を希望して初診でいらした方がそう仰ってくださり、初対面なのに私のことをよく知っている、どこか不思議な感覚を覚えました。

    また、一年ぶりに来院された方は「先生のブログに触発されて、家を徹底的に片付けました!」と報告してくださいました。家が整って気分が晴れやかになっただけでなく、引き出しの奥から忘れていた“お宝”まで発掘されたとのこと。嬉しいお話を聞かせていただき、私まで元気をいただきました。

    ブログを通じて、漢方などで体調を整えたり、断捨離で環境を整えたり……。そうして一歩踏み出した先には、きっと良い変化が待っているはずです。

    「幸せの基準」をどこに置くか

    いま、私は『うまくいっている人の考え方』という本を読んでいます。その中で語られている「幸せの基準」についての考え方が、かねてより私が医療の現場で感じていたことと深く共鳴しました。

    私たちはつい、「何かが起こるまで幸せを先送りにする」傾向があります。 「目標を達成したら」「手に入れたかったものを買えたら」と、条件を幸せの基準にしてしまうと、それを成し遂げるまでの間は「幸せではない時間」になってしまいます。

    本にはこうあります。 「目標の達成を基準にするのではなく、その実現に向かって励んでいる“今”も幸せだと考えよう」 まさに、その通りだと強く共感します。

    医療の現場で感じる「先送りの切なさ」

    診療室でも、「この病気が治ったら」「退院できたら」と、幸せを未来に設定されている方に多くお会いします。 例えば、がんの手術が無事に成功したとしても、「5年再発しなければ」「10年経つまでは安心できない」と、幸せの基準をどんどん遠くへ押しやってしまう方が少なくありません。

    しかし、たとえ病気と共存していても、治療の途中であっても、今この瞬間に感じられる幸せは必ずあります。 「今日の春の日差しが心地よい」「ご飯が美味しい」「家族と何気ない会話ができた」 そうした些細な喜びを、自分はなんて幸せなんだろうと感じてほしいのです。

    幸せのハードルを、ぐっと下げる

    幸せを先送りし続ける一生は、どこか追いかけっこに似ています。最後になって「もっと今を楽しめばよかった」と後悔するのは、あまりにももったいないことです。

    毎日の些細なことに「楽しいな」「幸せだな」と感じられる感性を持てれば、人生は驚くほど豊かになります。 幸せの基準(ハードル)を高く設定して、いつまでも自分に合格点を出せない毎日を過ごすより、今の自分を丸ごと楽しむ。

    そんな「今を生きる」姿勢を、私自身も大切にしていきたいと思っています。

  • チャングムを再び

    日曜は、茨城から帰省していた息子が戻っていったので、布団を干したり洗濯をしたりと、家事に追われる一日となりました。幸い良い天気だったので、布団もすぐにふわふわになり、洗ったシーツもよく乾きました。

    掃除はルンバに任せてしばらく外出し、戻ってきたら家の中はきれいになっていました。ルンバで掃除するには、床にものを置かないのが基本です。靴下などの衣類はもちろん、家電のコードも巻き込む恐れがあるため、できるだけ床から片付けるようにしています。

    わが家にはゴンがいるので、間取りのマッピングデータを使ってゴンのそばにはルンバが近寄らないよう設定しています。キッチンにはカーペットがあり、これがどうしても掃除の邪魔になりがちです。そこで今日はキッチンカーペットも外に干し、ルンバに徹底的に掃除してもらいました。きれいになったついでにワックスがけまでしたところ、床がピカピカになり、見違えるようになりました。

    先日読んだ断捨離の本に、「家を片付けるときの目標のひとつは、床の面積をできるだけ広げること」と書いてありました。床にものを置かず、カーペットや不要な家具をとにかく撤去して、床をピカピカに磨くということです。

    テレビで紹介されるゴミ屋敷では、床が見えないほどものが散乱していますが、片付けの第一歩はまず足の踏み場を確保することだと思います。床を意識するだけで不用品をどんどん捨てることになり、部屋は見違えるほど片付きます。わが家もまだそのレベルには達していませんが、できるだけ床にものを置かない、すっきりとした空間を目指して取り組んでいるところです。

    さて、このところWBCが開催されているようですが、日頃から野球を見る習慣のない私には全く縁遠い話で、どこが勝ったとか今日の対戦相手が誰だとか、まったくわかりません。話題を振られても返事のしようがないのは少々困りものです。Netflixを開くと野球の番組が一番上に出てきますが、私はそこをスルーしてドラマへと進んでいきます。

    最近見始めたのは、配信サービス「Lemino」で見つけた不朽の名作『宮廷女官チャングムの誓い』です。 全54話という長編に一瞬たじろぎましたが、昔見た時のあの感動が忘れられず、第1話から見直すことにしました。

    日頃から韓ドラをよく見ている私には、20年ほど前にヒットしたこの作品の韓国語が、今とイントネーションや表現が異なることに気づかされます。特にソウルの言葉は、この20年ほどで明るく柔らかいイントネーションに変わったのではないかと思います。最近の時代劇と比べても言葉遣いがかなり違い、それもまた興味深いところです。

    内容は一話一話とても面白く、見始めて正解でした。隙間時間にちょこちょこ見ているので、1年もかからずに見終わりそうです。

  • 還暦祝い

    先日書いたように、個人的な話になりますが、今年私は還暦を迎えます。

    両親が還暦祝いをしたいというので、土曜日の夕方に家族や親戚が集まってお祝いをしていただきました。こんな年になったのかと感慨深いものがありますが、まだ人生は道半ば。ゴールではなく、これからも現役で頑張るつもりですので、ひとつの区切りとしてお祝いをしていただいた、という気持ちです。

    子どもたちが東京に出てからは、それぞれ個別に会うことはあっても、家族全員が自宅に揃うのは9年ぶりでした。あっという間にこれほどの年月が経ったのかと、改めて驚かされます。

    子どもたちの成長は当然のことですが、自分を振り返ると、この10年はクリニック開業以来、毎日がむしゃらに働き続けてきました。まだまだやりたいことはたくさんありますし、通院してくださっている患者さんたちの健康と生活をサポートするために、私がすべきことはまだ残っています。これからも少しでも皆さんのお役に立てるよう、精進してまいります。

    先日、患者さんからある話を伺いました。芦北で中医クリニックを営んでおられた趙先生が引退されたというのです。趙先生とは20年、もしかすると30年近いお付き合いになります。中国から来日され、熊本大学病院で働いておられた当時、漢方(中医学)をたくさん教えていただいた私の恩師のひとりです。

    熊本大学を離れ芦北で開業されてからはなかなかお会いする機会もありませんでしたが、このたびクリニックを辞めてカナダのお子さんのもとへ行かれたと聞きました。今おいくつかははっきりわかりませんが、75歳は過ぎていらっしゃるのではないかと思います。

    私も趙先生くらいまでは現役で働き続け、そのあとは外国へ行くといった楽しみを取っておこうか——そんなことを思い描いています。

    鯛の塩釜焼き

  • 人の波動

    天気はいいのですが、冷え込みますね。最近は防寒着をしまってしまい、薄手の上着しか手元になかったので、2枚重ねにして過ごしています。皆さんも風邪をひかないようにご注意ください。

    この寒暖差で体調を崩している方が多いようです。まず多いのが高血圧。このところ「急に血圧が上がった」という方がよく来院されます。次に多いのがふらつきです。通常のめまいとは異なり、ふわふわ・フラフラした感じで真っすぐ歩けないとおっしゃいます。こうした症状は自律神経の乱れによるものではないかと思います。

    私は週に2回サウナに入っているので、寒暖差には慣れています。超高温のサウナと冷たい水風呂を交互に体験することで、毛穴が開閉を繰り返し、自律神経が鍛えられます。サウナは交感神経と副交感神経の両方を強く刺激するため、自律神経を整えるのに非常におすすめです。

    さて、今日は子どもたちが県外から戻り、久しぶりに家族全員が自宅に集まりました。上の子が高校を卒業して以来、実に9年ぶりです。クリニック近くの洋食屋「Arot of Kitchen」でみんなでご馳走をいただき、まさに盆と正月が一度に来たような一日となりました。

    今日は斎藤一人さんの波動に関する本も読みました。人も物もそれぞれ固有の波動を持っており、音叉の実験でおなじみのように、同じ波動を持つものは共鳴し合います。同じことが人と人の間にも起こり、低い波動を持つ人は似たような境遇の人を引き寄せてしまうといいます。

    韓国ドラマでは平社員のOLが財閥の御曹司と恋をするシンデレラストーリーが定番ですが、二人が出会って共鳴するには、どちらも高い波動を持っていなければすれ違い続けるということになります。

    物は自分で波動を高めることができませんが、人はできる——それがひとりさんの主張です。「ありがとう」「ついている」「幸せだ」といったポジティブな言葉(本では「天国言葉」と呼んでいます)を意識的に使うことで波動が高まるとのこと。習慣にしてしまえば難しいことではありません。反対に、人の悪口や否定的な言葉は自分の波動を下げ、それなりの人を引き寄せることになるそうです。意識して天国言葉を使うようにしたいものですね。

    小峯にある洋食屋 Arot of Kitchen のカルパッチョ 美味しい!

  • 還暦を考える

    最近、新聞を開くと毎日のように熊大の小川学長のお顔を目にします。小川先生は私が大学病院に勤務していた頃、熊大病院循環器内科の教授でした。小川先生は60歳を過ぎた後、医学部長や国立循環器病研究センター理事長などを歴任され、熊大学長として戻ってこられました。TSMCの熊本進出と時期が重なり、熊大の存在感がいっそう高まっているのはご存知の通りです。

    ふと思い出したのは、今から15年ほど前に行われた小川教授の還暦祝いのことです。赤いちゃんちゃんこ姿の教授を見て、「あのお厳格な先生も、こんな格好をされるんだ」と、印象に残ったのを覚えています。

    あれから月日は流れ、私も今年で59歳。10月には還暦を迎える年男です。 あの頃の小川教授と同じ年齢になったとは、正直なところ、にわかには信じがたい感覚があります。

    家族や親戚、そして両親からも「還暦のお祝いをさせてほしい」と強く言われていますが、自分の中ではまだ「ひよっこ」のつもり。定年や病気の噂、ましてや「人生の上がり」なんて言葉を口にする同級生を見ると、「何を年寄りじみたことを!」と反論したくなるほどです。

    お祝いと言われること自体、どこか気乗りせず渋っていましたが、両親の強い願いもあり、ようやく「人生の節目」として受け入れる覚悟を決めました。

    ひとりで歩んできたのではない

    できれば還暦に気づかず通り過ぎ、気づいたら80歳を過ぎていた……そんな風に歳を重ねたかったのが本音です。しかし、こうして節目を突きつけられてみると、見えてくるものもあります。

    客観的に見れば、こうして健康に恵まれ、情熱を持って仕事ができていることは、決して当たり前のことではありません。 大学まで学ばせてくれた両親、結婚してから今日まで私を支え続けてくれた妻、そして元気に育ってくれた子どもたち。

    振り返れば、私は決してひとりでここまで歩んできたのではありません。家族や周囲の皆様の支えがあったからこそ、今の私があるのだと、改めて深く実感しています。

    私にとって還暦は、ゴールではなく単なる「通過点」に過ぎません。70歳、いえそれ以上現役で走り続けるために、心身を整える一区切りだと思っています。
    実は小川先生の経歴を拝見しても、還暦を過ぎてからのご活躍が本当に素晴らしいのです。「人生は還暦すぎてからでも、世界へ羽ばたくことができる」ということを自ら証明された、私にとって偉大なる目標となる先輩です。