今読んでいる本(小林正観さんの『人に優しく、自分に甘く』)に、幸せになる秘訣は「競わない、比べない、争わない」の3つを徹底することだと書いてありました。これには、私も深く共感します。
本来、自分自身が現状に満足できていれば、それだけで幸せなはずです。しかし、つい他人と自分を比べることで満足度が下がり、誰かを羨んだり、「自分は駄目だ」と自己肯定感を下げてしまったりします。心が楽になるための基本は「人と比べないこと」。まさにその通りだと実感します。
先日まで高校野球が開催されていました。どこが優勝したかという結果以上に、ここでは「優勝」という言葉そのものについて考えてみたいと思います。その本によると、「優勝」とは「優勝劣敗(ゆうしょうれっぱい)」という四文字熟語の最初の二文字なのだそうです。
意味は文字通り「優れている者が勝ち、劣る者が敗れる」。 「優勝」という二文字だけならポジティブに響きますが、四字熟語として全体を聞くと、どこか後味の悪さを感じてしまいます。
かつての学校教育は、運動会をはじめ何事も競争させて優劣をつけるのが主流でした。最近では、行き過ぎた競争を避けるために「かけっこでも手を繋いで一緒にゴールする」といった試みをする学校もあると聞きます。その是非はさておき、優劣をつけることで高揚感を味わう人がいる一方で、同じ数だけ傷ついたり、惨めな思いをしたりする人がいるのも事実です。
また、最近はSNSで友人や知人の動向をチェックして時間を過ごす方が多いようですが、これこそが「他人との比較」を助長する、最も無意味な行為かもしれません。 SNSを見なければ「今日のご飯は美味しかった」と満足していられるのに、誰かがもっと豪華な食事を投稿しているのを見た途端、急に気分が沈んでしまう。中には、投稿で見栄を張るために好きでもないものを買ったり、行きたくない場所へわざわざ足を運んだりする人もいます。こうした虚栄心は、実に虚しいものです。
他人の投稿を見て自分を惨めに感じるのも、逆に「自分の方が上だ」と優越感に浸ったり、相手の自慢を冷笑したりするのも、どちらも寂しい心の在り方です。
幸せな人生を送りたかったら、人と比べず、競わず、目の前にあるすべてを満足して受け入れること。そして「ありがとう、ありがとう」と感謝の心を持って暮らすこと。 そんな生き方こそが、今の時代に最も求められている処方箋なのかもしれません。

俵山 「萌の里」の菜の花畑 今が満開です
