昨日に引き続き、今日も断捨離を進めようと意気込んで出勤しました。 しかし、月曜日は朝からやることが山積み。大量の書類整理に追われ、診療が始まれば夕方までノンストップです。結局、掃除の時間は一分も取れないまま夜を迎えました。
夜7時過ぎ。「このまま帰ろうか」という誘惑に駆られましたが、少しだけでもと自室の本棚を見渡しました。すると、「なぜこれを今まで大切に取っていたのだろう」と不思議に思うような古い書類やファイルが、次々に見つかったのです。
今日は30分ほどで切り上げましたが、一度火がつくと「これは捨てても大丈夫」という判断が次々に下せるようになります。本棚の奥に眠っているのは、ここ数年一度も開かなかったものばかり。本当に大切なものは、常に手の届くところにあるのだと改めて気づかされました。
今、捨てられるようになった「二つの理由」
かつては捨てられなかったものを、今になって手放せるようになったのには、はっきりとした理由があります。
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環境の変化: AIやネットの進化により、必要な情報はいつでも引き出せるようになったこと。
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自分自身の成長: 書類に書かれた内容が、すでに自分の血肉となっていること。
かつては「いつか見返すかもしれない」と、スキャンしてデータ保存することを考えていました。しかし今読み返すと、それすら不要だと感じます。当時は大事に取っておいた書類も、今見ると新鮮さを感じません。それは、その知識がすでに私の思考の一部として組み込まれ、日常の診療に活かされているからでしょう。
書類の「役目」が終わるとき
大切なのは、紙やデータを保存することではなく、得た知識を使い、行動に移すことです。行動を伴わない学びは、本当の意味で身につくことはありません。
学んだ中で重要だと思った知識を、すぐに使ってみる。そして繰り返し使うことで、初めてそれは「自分のもの」になります。そこまで到達したとき、その情報源となった本や書類は、そっと役目を終えるのです。
そう思えたとき、ようやく本当の意味で「手放す」ことができるのだと感じました。
空間という名の「余白」を作る
ここ数年、診療の忙しさや夏の酷暑に阻まれ、なかなか片付けに手が回りませんでした。しかし今、こうして「掃除の火」がついたのは、新しい自分に変わるための幸運なきっかけかもしれません。
クリニックにも自宅にも、新しい幸運を迎えるための「余白」を作っていきたいと思います。棚にできた空間は、きっと次の新しい学びや出会いを運んできてくれるはずです。

下鴨神社
