先日、感性論哲学を基本とした経営をされている熊本の企業のパーティーについて書きましたが、その際、会長さんが「天命を知ることが大切だ」とおっしゃっていました。なるほどと思いながら伺っていましたが、「天命」というのはなかなか奥の深い言葉です。
少し哲学的な話になりますが、「運命」「天命」「使命」という言葉について考えてみました。
まず「運命」とは、どの国に生まれたか、男女どちらに生まれたか、どのような家庭で育ったか、といった事実であり、後から変えることのできない人生の前提条件だと言えます。韓国ドラマに例えるなら、財閥二世に生まれたことはまさに「運命」です。
一方、「使命」とは、自分がこの世に存在する役割を自覚し、それを引き受けることだと思います。私の立場で言えば、国立大学に進み、公的な資金によって医師教育を受け、国家試験に合格したという背景があります。その立場にある者として、自らの知識を最大限に使い、患者さんの健康や幸せをお手伝いすること。これこそが私の「使命」だと考えています。
では、「天命」とは何でしょうか。これは相当に難しい問いです。孔子は「五十にして天命を知る」と言いました(論語)。当時の五十歳は、今で言えば七十〜八十歳くらいに相当するのではないでしょうか。仕事を引退し、自らの人生を振り返ってみて、はじめて「気づく」もの。それが天命であり、若い人が頭であれこれ考えて簡単に出る答えではない、という意味なのだと思います。
「天命」とは、人生全体の方向性を示す、非常に大きく漠然としたものです。そのため、「使命」は天命と矛盾せず、同じ方向を向いたものになるのでしょう。私自身、まだ未熟ですので、自分の天命が何かを一言で表すことはまだできません。
この運命・天命・使命を、もっと身近なレベルまで落とし込んだものが「今年の目標」ではないかと思います。非常に短期的かつ具体的ですので、考えやすいものです。
整理すると、「運命」という与えられた前提条件のもと、人はそれぞれ何らかの「天命」を持って生まれてくる。その天命を、具体的な人生の方向性として捉えたものが「使命」であり、その使命を実現するための短期的な指針として、年始に「今年の目標」を立てる。そんな構造になっているのではないでしょうか。
私は文系ではありませんので、この解釈が正しいかは分かりませんが、先日のパーティー以来、このことをずっと考えていたので自分なりにまとめてみました。
「天命」は、おそらく死ぬ間際になっても明確には分からないかもしれません。だからこそ、もう少し分かりやすい「使命」を考え、今年の目標を立てて、手帳に記しておく。みなさんもいかがでしょうか。

