本日(2/24)は急な休診となり、ご迷惑をおかけいたしました。
実はこの連休、甥の結婚式に参列するため京都を訪れていました。東京や茨城に住む子どもたちも京都に集まり、親戚一同が久しぶりに一堂に会する喜ばしい場となるはずでした。 しかし、その前日に義母の訃報が届きました。結婚式の喜びと、葬儀の悲しみが混ざり合う、なんとも複雑な心境での集まりとなりました。
それでも、入院していた義母にとって、孫の結婚式は我が子の事のように嬉しかったはずです。「前日に旅立ったのは、きっと魂となって、時空を超えて式に参加したかったからではないか」——そんなふうに感じています。
白いネクタイから、黒いネクタイへ
今日、先日日本各地から京都に集まった親戚一同が、今度は福岡に再集結しました。 一昨日、白いネクタイを締めていた面々が、今日は皆、黒いネクタイに。つい数日前に顔を合わせているので、「久しぶり」という挨拶も必要ありません。なんとも不思議な感覚です。 子どもたちも、京都から直接福岡へ向かった者、一旦関東に戻ってから出直してきた者と様々でした。短期間にこれほどの距離を軽やかに移動できる今の時代、日本は本当に狭くなったものだと実感します。
「後悔しない生き方」を考える
身近な人の死に直面すると、改めて「後悔しないように生きたい」という想いが強くなります。 お金をただ節約して残すのではなく、自分のため、あるいは子孫のために、生きているうちに有効に使いたい。そして何より、体力があり動けるうちに、見たことのない景色を見たり色んな経験をしたい——。
日頃の私は、診療に追われる毎日です。土日も契約している老人ホームからの連絡に備え、国からは「24時間対応できるかかりつけ医」の体制を求められ、どうしてもクリニックに縛られがちです。先日九州を出たのも、一体何年ぶりのことだったでしょうか。
「このままの生活で年を重ねて、果たして後悔しないだろうか」
慌ただしく過ぎ去ったこの数日間は、医師としての責任と、一人の人間としての人生のあり方について、改めて深く考えさせられる一日となりました。

下鴨神社の社務所の中庭
