当院では現在、80名ほどの訪問診療の患者さんを担当しており、毎日10名程度のご自宅や施設を訪問しています。
高齢の患者さんは、普段お元気そうに見えても、急に体調を崩されることが少なくありません。インフルエンザや新型コロナなどの感染症、あるいは転倒による骨折など、状況はさまざまです。
重症の場合は入院可能な病院へ搬送しますが、老人ホームなどの施設内で治療ができる場合は、訪問看護の手を借りながら内服治療で経過を見ることもあります。
病院ではなく「施設で過ごす」という選択
中には、ご高齢のため積極的な治療が難しくなる「老衰」の状態の方もいらっしゃいます。そのような場合はご家族と話し合い、「入院して治療を続けるか」それとも「最期まで施設で過ごすか」を決めていただきます。
多くの場合、ご家族は「もう高齢だから、病院で辛い治療をさせたくない。痛みや苦しみだけを取ってあげてほしい」と希望されます。
今週も、そのようなご高齢の患者さんがお一人おられ、慎重に見守りを続けていました。「もうしばらくは大丈夫だろう」と思っていた矢先、昨夜、施設から「呼吸が停止している」と電話が入りました。
5分で駆けつけた、静かな最期
その施設は私の自宅から歩いて行ける距離にあり、電話を受けてから5分ほどで駆けつけました。診察したところ、まさにお亡くなりになった直後でした。
私よりも先にご家族が到着されており、最期を見届けられていました。
その場はとても静かで、穏やかな空気に包まれていました。ご家族も納得され、満足のいく看取りをされたご様子でした。
訪問診療では、病院とは違って点滴や無理な延命治療を行わず、自然な形で最期を迎えることが多くあります。私がこれまで訪問診療で経験した看取りは、どの方も皆、本当に穏やかなものでした。
開業して初めて知った「尊厳」
開業する前、病院勤務をしていた頃は、多くの管やモニターに繋がれた状態で最期を迎える患者さんを数多く見てきました。正直なところ、見ていて辛い場面も少なくありませんでした。
訪問診療での最期が、これほどまでに穏やかで尊厳に満ちたものであるとは、開業するまで知りませんでした。
もちろん、この「看取り」は私一人の力では到底できません。
老人ホームの看護師さんや介護士さん、あるいは訪問看護ステーションのスタッフの方々の力があってこそです。彼女たちが24時間体制で交代しながら寄り添い、変化があればすぐに私へ連絡をくれます。時には当院の看護師が様子を見に行き、共に対応策を練ることもあります。
多くの「マンパワー」を必要としますが、最終的には「余計なことはせず、静かに見守る」というのが、訪問診療における最善の医療なのだと実感します。長年医師をしていますが、このような最期は本当に良いものだとつくづく思います。
今日は祝日明けの木曜日ということもあり、発熱外来を含め合計140名を超える患者さんの診療となりました。
外は思いのほか暖かく、春の陽気を感じる一日でした。
暖かくなると、高齢の患者さんが少し落ち着きをなくされる(不穏になる)ことがあります。花粉症などのニュースとは別に、こうした患者さんの変化に触れるとき、私たちは「春の気配」を感じるのです。

