検診で貧血を指摘される人は多く、当院でも毎日のように再検査や精査を行っています。軽い貧血で自覚症状がほとんどない場合でも、調べてみると驚くほど体内の鉄分が低い方がいます。これは鉄欠乏性貧血です。貧血の原因の大半は鉄欠乏ですが、その他にもビタミンB12欠乏、葉酸欠乏、甲状腺機能低下症、再生不良性貧血、腎性貧血、白血病など多くの基礎疾患が原因となることもあります。
特に鉄欠乏性貧血は女性に多く見られます。これは、生理による出血で毎月鉄を失うため、日常の食事だけでは必要量を補いきれないことがあるからです。一方、男性や閉経後の女性で鉄欠乏性貧血が認められた場合は、胃がんや大腸がんなどの消化管出血を伴う疾患が隠れている可能性があるため、注意が必要です。症状がなくても、胃カメラや大腸カメラなどの検査を受けることをお勧めします。
鉄は体内でヘモグロビンの材料となり、赤血球を作るために欠かせないものです。また、赤血球以外の普通の細胞においても、ミトコンドリア内の電子伝達系(エネルギー産生に重要な働きをするシステム)において必須です。そのため、鉄が不足すると細胞内で十分なエネルギー(ATP:細胞が使用するエネルギー源)が作れなくなり、倦怠感や疲れやすさを引き起こします。
さらに、脳内でも鉄は重要な役割を果たしています。アミノ酸の一種であるトリプトファンがセロトニンに代謝される際、鉄やビタミンB3(ナイアシン)が必要です。セロトニンは気分を安定させる働きがあり、これが不足すると不安やパニック、うつ症状が現れることがあります。また、セロトニンは睡眠を調整するホルモンであるメラトニンに変換されるため、不足すると不眠にもつながります。不安やパニック、不眠を訴える患者さんにおいて血清鉄やフェリチン(体内の貯蔵鉄)の値を測定し、低値であれば鉄剤やサプリメントで補充すると症状が改善することが少なくありません。
軽い貧血だからと侮らず、検診で指摘された場合は一度鉄やフェリチン値を測定することをお勧めします。不足が認められた場合には、鉄剤やサプリメントを活用し、必要な栄養を補うことで、身体の不調やメンタルの改善が期待できます。疑問点があればお気軽にご相談ください。