昨日と一昨日は、デジタルデトックスを兼ねて、ベランダで夕食を食べてみました。
薄暗いベランダにキャンプ用のランタンを灯し、涼しい風を感じながら食事をすると、いつもの食事でもずいぶん美味しく感じられます。静かな時間の中で食べる夕食は、とても新鮮でした。
しかし今日はあいにくの雨で、ベランダで食事をすることができませんでした。
仕方なくいつもの食卓で食事を取ることになりましたが、目の前にはiPadやパソコンが何台も並んでいます。いつもの習慣で、つい動画を流したり、ネットを見たり、メールをチェックしたりしたくなります。
それを我慢して、音楽も流さず、静かなまま食事をしてみました。
すると最初は、とにかく手持ち無沙汰で退屈に感じました。
これまで私は、ネットや動画を見ながら無意識に食事をすることが完全に習慣化していたようです。そのため、何も流れていない静かな食卓が、逆に落ち着かなく感じるのです。
しかし、食べ終わってから一つはっきりしたことがありました。
動画やネットを見ながら食事をすると、何を食べたかも曖昧なまま、気づけば食事が終わっています。一方で、何も見ず、静かに食事だけに集中すると、「何を」「どれくらい」食べたのかをしっかり感じ取ることができます。しかも、不思議なことに時間がゆっくり流れるのです。
実際には、私はもともと早食いなので、食事時間そのものはそれほど変わっていないと思います。それでも、ネットを見ながらだと時間は一瞬で過ぎ去るのに対し、静かに食べると何倍もの長さに感じられました。これが「今を生きる」という感覚なのかもしれません。
これまで私は、「朝だと思ったらもう夕方」「月曜だと思ったらもう金曜」というような毎日を送っていました。
もちろん仕事が忙しいこともありますが、それ以上に、プライベートの時間まで常にネットの情報や映像に意識を奪われ、現実の時間を丁寧に味わえていなかったのだと思います。
もし、こうして一回一回の食事や時間を大切に過ごすことで、一日の流れをゆっくり感じられるようになるのであれば、1週間、1ヶ月、1年の感じ方まで変わってくるのかもしれません。
先日読んだ本には、「暇や退屈に耐えられないと、結局また刺激を求めてしまう。だからこそ、自分は何のために生きるのかを考えることが大切だ」と書かれていました。
要するに、「死ぬ時に後悔しないためには、今日をどう生きるべきか、今何を大切にするべきかを考えること」が重要だということなのだと思います。
普段忙しくしていると、なかなかそんなことを考える余裕はありません。
しかし、デジタルデトックスをして静かな時間を持つことで、少しずつ自分自身と向き合えるような気がしています。
そう考えると、サウナに入ってぼんやりしている時間なども、単なるリラックスではなく、自分を整理するための大切な瞑想時間なのかもしれません。
何より嬉しいのは、自分の時間がゆっくり流れるように感じられたことです。あっという間に1年が過ぎ去っていくような生活をしていると、気づかないうちにものすごいスピードで歳をとってしまいます。こうして「今この瞬間」を丁寧に感じながら生活することは、結果的にはアンチエイジングにもつながるのではないかと思いました。今回の読書で、また一つ素晴らしい気づきを得ることができました。

牡蠣とカラスミのペペロンチーノ 黄色いのは全部カラスミです。贅沢! MINTにて